用務員ぢょんたが日々勝手なことを書き綴っています。

2009年02月26日

男は黙って反対の反対 

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1954年、水爆実験の影響で魚が食えなくなり、放射能の雨が降った。各地から原水爆反対の署名が起り日本中に広がったという。署名自体がまだ一般的ではない時代、頼まれた人が「こんなことして意味があるの?」といったとき、一人の女性はこういったそうだ。
「黙っているより遥かに効果があります。なぜなら沈黙は賛成を意味するからです。」

うちのポストに町内の副総代からのメモ書きが入っていた。「臨時総会の際、くじ引きであなたの家は、今年の体育委員に決まりました。よろしくお願いします。」確かに集まりには出席しなかったが、ちょっと一方的すぎやしないか。我が家にはほとんど人がいないという事情もあるし、そもそもその「くじ」を引いていない。もちろん丁重にお断りしたが(同じくメモで)、沈黙というのはこういうことなのかと思った。

一方、ドイツの国家倫理審議会では臓器提供に関して「ドナー証明書をもっていない」は「拒否はしていない」(「沈黙は同意」)とみなされ、臓器提供者の1人に数える、という提案がなされた。まさに死人に口無しだ。これに対して、公共放送のピーター・ハーネ氏は「自己決定権は人間の尊厳の一部であり、基本法によって保障され、死においても冒すことはできない。『沈黙=賛成』という等式はこの権利を奪うことを意味する。賛成と反対のどちらでもないというのも自己決定権に含まれる自由なのだ」と反論したという。

このところ、薬事法の改正で「ネットで薬が買えなくなる」ということで、楽天やYahooは、必至に署名を呼びかけている。お店に出向けない事情がある人にとって、通販で薬を買うことは便利な方法だろう。なのになぜ、こうも簡単に法律をコロコロ変えようとするのか。きっとよくない使われかたをして問題になったのだろうが、耳かき一杯で何人も殺せる農薬がホームセンターでいくらでも買える時代に「全部禁止」じゃ大雑把すぎやしないだろうか。

沈黙=賛成という考え方は白人圏に多いような気がする。アジア人は比較的、沈黙=無言の抗議、などと「反対」の主張のように感じるのはワシだけだろうか。

写真は「沈黙オヤジ」で有名なスティーブン・セガールでござーる。
posted by ぢょんた at 05:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 国語(ことば)
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