用務員ぢょんたが日々勝手なことを書き綴っています。

2008年02月07日

世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド 

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村上春樹の5冊目を読み終えた。『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』だ。大ベストセラーの『ノルウェイの森』が1987年だから、それより二年前の85年の作品になる。

ちょっと変わった構成の物語で、現代(執筆当時)を舞台にして、人間の潜在意識を利用した数値変換術「シャフリング」を使用できる「計算士」という職業の“私”が、自分の属する組織(システム)や「記号士」たちのいる工場(ファクトリー)との情報戦争に巻き込まれ、果ては化け物の棲む地下までいくはめになる「ハードボイルド・ワンダーランド」という物語。と、どこかはわからない「壁」に囲まれた「世界の終わり」といわれる街に来て、その街の図書館で「夢読み」という仕事をあたえられ「心」についてさまざまなことを感じながら、その街の人々と関わりながら生活していく話。二つの物語が交互に入れ替わりながらパラレルに展開していきます。

とても読みやすい文章形態で、村上春樹独特の比喩的描写も随所に出てきます。活字だからこそ表現できることを立証しているような、読む人の心に訴えかける文章です。それでいて象徴的表現がふんだんにあり“いわんとすること”をちゃんと理解しようとするとかなり高尚で難解です。

ただ残念なのは、ワシのような凡人からいわせてもらうと、ぜひ「その後を描いてほしい」ということです。エピローグというやつですか。短編ならわかるけど『ノルウェイの森』も『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』も上下巻で一千頁もある割には、ラストが比較的パスッと終わっています。これだけ盛り上げておいて「あとは自分で想像しなさい」的な、おもいっきり余韻を残しているというか突き放しているというか。まるでワシは映画「アイ アム レジェンド」の主人公のようにこの広い世界でたった一人置き去りにされたような風がふいていました。

まあ、一流だからこそできる終わり方なのでワシがとやかくいってもしょうがないというか、ちゃんと読んでいれば解るといわれればたしかにそうなのですが。まるでおいしいカレーライスをお腹いっぱい食べたあとにコーヒーが出てこなかった時のような、そんないたたまれない気持ちが残るわけです。二流でも駄作でもいいから、頭のわるいワシには「そして最後はこうなりました。チャンチャン」が欲しいわけです。

とはいっても、あとでボディブローのように効いてくる文力には脱帽です。

映画の評価のように点数を付けるなら『ノルウェイの森』8点、
『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』7点。

「太陽の光が長い道のりを辿ってこのささやかな惑星に到着し、
その力の一端を使って私の瞼をあたためてくれていることを思うと、
私は不思議な感動に打たれた。
宇宙の摂理は私の瞼ひとつないがしろにしてはいないのだ。」
(村上春樹著/世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド 下巻のラストより)
posted by ぢょんた at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 国語(ことば)
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