用務員ぢょんたが日々勝手なことを書き綴っています。

2009年11月01日

道徳その普遍性と多様性 

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そう【法律は道徳律の下に位置する】のです。道徳は人が人であった時からそのようにあり、基本的にはなにも変わっていません。ただし国や文化、宗教の違いからそれぞれの場所で様々な道徳的解釈があります。さらに個人の性格や考え方の違いにも幅があるため一様ではありません。

道徳観の基本は人間に、もともとある程度備わっているようです。ある調査によると、たとえば、幼い子供に「盗むことは悪いこと」だと教えると「盗みは『常に』よくない」と認識する一方、「騒ぐのは悪い」と注意すると、「『今』騒ぐべきではない」と判断するようです。幼い子供でも「普遍的」と「状況的」の判断はいわれなくてもつくということです。

ところが人間は、生きるために自分を一番大切にするという本能が備わっているので、「知恵」が発達して「安心」や「快楽」を求め、やがて「欲」につながります。人それぞれ道徳観が違う中で、自分中心に生きていれば、どこかで衝突が生じて「憎しみ」や「ねたみ」となり、それが争いごとになります。

道徳には細かい共通の取り決めごとや罰といったものがありません。人が人を裁くべきではないのだけれど、それでは皆が安心して暮らすことができないということで、人が道徳をベースに「ルール」と「罰」を決めたのが「法律」です。だから【法律は道徳律の下に位置する】ということになります。

しかし法律は、所詮人間が作った取り決めごとです。多様化した道徳律を、とりあえず一元化したものなので、不適切だったり不当だったりと、かなりずさんな作りになっています。「人を殺したりものを盗んだりすることは法律で禁止されているから悪いのか」そうではなく、道徳的によくないことだから法律で禁止されているのです。

「道徳を守って生きていたら罰を与えられた」それはきっと法律が間違っているのでしょう。
posted by ぢょんた at 20:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 道徳(こころ)
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