用務員ぢょんたが日々勝手なことを書き綴っています。

2011年09月11日

あれから半年 社会

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そうか、9.11からちょうど10年、そして3.11から半年。同じ11ということだけじゃなくピッタリ半年だったのか。

ここに日本経済新聞がある。日付は半年前の3月7日、あの東日本大震災が起きる4日前だ。そしてワシの記念すべき20回目の誕生日でもある(まだいうか)。新聞はとっていないがサービスでポストにたまたま入っていたものだ。

内容はトップ記事が「前原外相の辞任」、そして「薬のネット販売の規制緩和」、「ニュージーランド地震」での日本人の犠牲者が1人確認されたとも書かれている。あたりまえだが東日本大震災のことなどこれっぽっちもない。

この時点ではこれから起こる大災害のことなど日本人全員が知るよしもないので、大臣の辞任というかなりどうでもいいことがトップニュースになっている。そして、地震の犠牲者たちもきっとこのニュースを耳にして、だれかしらに自分の意見を言ったかもしれないと想像するとなんか不思議な感じがしてしまう。

先日、民主党の代表選挙があり“また”内閣が変わった。その時、性懲りもなく代表選に前原氏も出馬していた。また、薬のネット販売については知らないが、ニュージーランド地震では28人の日本人犠牲者が出たことはあまり知られてないだろう。

おとといNHKで震災関連のドキュメンタリーをやっていた。原発の近くの町に住んでいた男性は津波で家を流され、奥さんと次女、そして父親が行方不明になってしまった。しかし立ち入り禁止区域なので捜しにいくこともできないまま数ヶ月がたってしまったという内容だった。もうこうなってくると生き残ったこと自体素直に喜べないだろうし、はっきりしないことには一歩も前に進めそうにない。天災と人災のダプルパンチ。その町に住めるようになるのはセシュウムが半減する30年後だそうだ。

話しは飛躍するが、これで第三次世界大戦とか勃発すれば、情報はそのことばかりになるだろうし、ましてや巨大隕石が地球に衝突すると分かればいよいよ戦争どころではなくなる。ずっとむかし、たとえば100年前に亡くなった人は、まさか道を歩きながら遠くの人と話しができるようになるとは思わなかっただろうし、ワシが死んで100年後、どんな出来事が起こり、どんな時代になるのか、いま想像ぐらいはできるが実際はその時になってみないとわからない。

そうやって、千年、一万年、時間は確実に流れていく(そのとき人間がいるかどうかは別として)。ほんの一瞬にせよその中の自分に与えられた次元で、それなりに生きることができればまあまあ幸いなことだと、地震から半年経ってつくづく思う今日この頃だ(てゆうかもう十分生きただろ)。

一億と二千年あとも愛してる〜♪ 愛は時間も空間も超越すると信じたい。
この新聞は10年くらいとっておくことにしよう。
posted by ぢょんた at 00:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会(歴史、世界)
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