用務員ぢょんたが日々勝手なことを書き綴っています。

2012年01月05日

アジャストメント

視聴覚室 2011年アメリカ/★★★★★★6点

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上院選に出馬したデヴィッド(マット・デイモン)はある日、運命を感じる女性エリース(エミリー・ブラント)に出会い恋に落ちる。しかし、突如現れた男たちに拉致され、そこで信じられないことを告げられる。男たちは「運命調整局」の者で、すべての人々の運命を筋書きどおりに調整しているのだという。エリースに再び会うことを禁じられたデヴィッドだったが、それでも彼女のことが忘れられず、二人が出会ったバスに乗り続けるのだが・・・。

25年ほど前の小説が原作なだけに、ちょっとノスタルジックな雰囲気のあるSFドラマです(設定は現代)。科学考証はいい加減ですが、「すべての人の運命はすでに決まっている」とは、なかなかおもしろい発想です。でももし本当にそうだったら、人生なんてつまらないものでしょうね。それをなんとかしようという主人公の努力が見どころです。移動手段にドアがたくさん出てきます。まあ一口でいってしまえば「どこでもドア」の映画といってもいいでしょう。派手な映画が多い中、劇中「誰一人死なない」設定には感心しました。
posted by ぢょんた at 05:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽・映画(視聴覚室)

2012年01月03日

ネコも杓子もカエルもトカゲも

ネコ


ネコ


ネコ


カエル


トカゲ
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2012年01月01日

西暦2012年 新年

人類最後の年だそうですが、きっと大丈夫でしょう。
世界はこんなにも美しいのですから。

Hdr skies from Tanguy Louvigny on Vimeo.


CGや特殊合成をいっさい使っていない微速度撮影。
(是非フルスクリーンでご覧ください)
posted by ぢょんた at 06:19| Comment(0) | TrackBack(0) | その他

2011年12月31日

寄付のかたち

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このところWikiを開くと一番上で寄付金を募っていて「1000円から…どうぞお寄せください」っぽいことが書いてある。ウィキペディアには日頃お世話になっているし、非営利団体なのでワシもぜひ寄付したいと思うのだが支払方法がいまいちなのだ。クレジットカードはちょっと不安だし、PayPalはよくわからない。そして銀行振込は振込料金がかかる(たぶん)。もっと気軽に振り込める方法があればいいのにと思ってしまう。

子どものころ親が買ってくれた百科事典はたしか20万以上したと思う(学研のグランド現代百科事典)。勉強しない息子を見かねてわらをもすがる想いで買ったに違いない。まあ、そこそこ使ってはいたが、最後には邪魔になり処分てしまった。それを思うとウィキとかめちゃくちゃ便利だし、何よりも無料というのはほんとありがたい。

たしかに「みんなで編集する」という趣旨なので、内容はあくまでも中立で偏ってないし、ときには間違っていることも書いてある。だが、それで十分だ。百科事典だって間違った解釈が堂々と記載されているし、確定してない事柄はどこまでいっても「といわれている」としかいえないのだから。しかも現実のなかには時間と共に正解が変化することもあるので、加筆訂正していくことが必要になってくるのは当然のことだ。

話しを寄付に戻すが、そういった募金とかをAppleで請け負えないものだろうか。ようするにAPPストアでアプリを買うとき「通常85円」「寄付金付115円」みたいなボタンを付けて選べるようにする。「この寄付は東日本大震災の被災した方々のために使われます」みたいな但し書きを付けておけばなおいいだろう。

実際、アプリを買う場合85円なら買うけど115円だったらいらないなんてことはない。少なくともワシは気分がいいときは寄付金付を選ぶだろうし、おそらくかなりの人がそちらを選択してくれるのではと思う。だいたいアプリなんて缶ジュース並の値段だし、いま飲みたくてそこに自販機があれば、わざわざコンビニまで安売りを探しに歩かないだろう。そんな気まぐれでもほんの少しなにかの役に立つのだと思えば、それはそれで自分も気持ちよくなれるのではないだろうか。

世の中、偽善者ぶりたくない人、いや、自分はちっぽけでなにもできないと思っている人もたくさんいる。「蜘蛛の糸」のカンダタではないけれど、でも本当は人知れずこっそり小さな良いことをしたいときがあったりする。結局それは自分のためでもあるのだから。
posted by ぢょんた at 00:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会(歴史、世界)

2011年12月29日

iPhoneアームスタンド

図工

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寝るときにiPhoneは必須だということは以前書いた。が、このところ布団から手を出していると寒いし腕が疲れる。先日などはうっかり眠りに落ちてしまい、ついでにベッドから床にiPhoneを落として、その音でビックリしてすっかり目が覚めてしまったという苦い経験がある。

そこで、寝床で快適にかつ安全にiPhoneを楽しむために作ってみた。名付けて、汎用腕型就寝装置『夢枕(爆)』だ! 実は確かに実際のところフレキシブルアームのグネグネiPhoneスタンドというものが出ている。もちろんこれを買えば事は足りるが、しかし寝る時だけのために調達するにはちょっと高い。それにアームが20センチだと短すぎるのだ。これだと寝返りをうって反対向きになれない。

そんなわけで、ちょうど屋根裏にしまってあった蛍光灯のデカい電気スタンドがあったので、それを利用して、ヘッド部分はアルミ板を曲げて貼付けてみた。伸縮自在でどんな角度にも簡単に調整できるので、右を向いても左を見ても、さらには仰向けでもしっかりホールド!使い心地は抜群だ。これがあれば冬の夜長も、朝までこっそり、本でもウェブでも映画でも好きなものを好きなだけ見ていられる(寝られないじゃないか)究極の「寝たきり老人ZZZ計画」進行中だ。
posted by ぢょんた at 04:48| Comment(1) | TrackBack(0) | 図工(絵・手作り)

2011年12月28日

視聴率

視聴覚室

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大晦日も近づくとやはり「紅白歌合戦」の出場者のことが気になってくる(こんこん)。いや、もう何年も観てない。なんでも今年は『KARA』やら『東方神起』が出るそうだが、日本にはけっこう韓国嫌いの人もいるので、さらに視聴率が下がるのではないかと、心配・・・は別にしていない。そう、若者=嫌韓という割合が多いわけで、もともと若い人は紅白なんぞ観ないから視聴率にはあまり関係ないだろう。(今回KARA、当方新規...だじゃれ...思いついた...書きたかった)

逆に紅白で視聴率が取りたければ、いま日本文化でわりと世界に自慢できるアニメコーナーでも作って、アニソン歌手でも出せば若年層の視聴者が少しは増えるんじゃないだろうか。HIMEKAでも出してくれればこんなワシだってひょっとすれば観るかもしれないぞ。その時間だけ。

その昔、視聴率というのは番組の人気度の基準だった。ところが現在、すべての番組(民放)の視聴率が落ちているのだそうだ。そもそも視聴率自体を勘違いしている人までいる。その割合の出し方は、視聴率調査機を付けたテレビで、どのチャンネルを観たかで集計される。仮に機械が設置されたテレビが100台あったとしよう。その日、その時間にテレビを点けていたのは1台だけで(他の99件はみんな寝てしまった)なんとなく「ためしてガッテン」を観ていたとする。そうするとその日の「ためしてガッテン」の視聴率は、1台しか点いていなかった番組が独占したので100%!。。。とはならない。もちろん「1%」だ。

調査機の付いたすべてのテレビが対象なので、電源が入っていなかったテレビも数に入るのだ。ところでふつう視聴率といえば「世帯視聴率」のことをいう。いまやテレビは一人一台の時代になったのに「個人視聴率」は調査するのが困難で正確に出せないままらしい。もし調査対象になれば、ふつうメイン(居間など)のテレビに機械を付けるだろう。そうなると息子が何を観ているか調査できないわけで、ようするに視聴率に関しては、家長が観るであろう年配向けの番組のほうが有利だということになる。

NHKの番組は有利だといえるが、そもそも全体で地上波を見る人が少なくなっている。その時間にインターネットをしていたり、レンタルDVDで映画を観ていたり、いわゆる「視聴率」にとっては投票率自体が下がっているのだ。さらに衛星、スカパー、ケーブルなど専門チャンネルがべらぼーに増えて多局化しているので視聴率は下がる一方なのだ。視聴率が下がるとスポンサーが金を出さない→予算がないので面白い番組が作れない→面白くないから民放を観ない→スポンサーは過疎化した民放から専門チャンネルなどに広告の場を移動してくる=「専門チャンネルが大手のCMばかりになってくる」。大企業も戦国時代のようで最近節操がない。やだやだ。

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これが視聴率調査機らしいがいったいいつの時代のものだ。
posted by ぢょんた at 02:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽・映画(視聴覚室)

2011年12月25日

まぶしい

家庭科
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夜間に自動車を運転していると対向車のライトで極端にまぶしいやつがいる。HIDランプというのか?よく知らないが、とにかく勘弁してほしい。特に青白いやつは正面から照らされると周りのものがまったく見えなくなるので、思わず手をかざしてしまうワシなのだ。(フォグとダブルのやつもいる)

車検でライトの角度が決めてあるはずなのになんであんなにまぶしいのか。新しい方式のライトの特性なのか、それとも目立ちたいから上を向けてあるのか。とにかく事故起こしてからじゃ遅いんだから法定でもなんでもとっとと決めて早いとこ規制をかけてもらいたいものだ。

ひどいやつがいたときはたまにパッシングしてみるが、そんなのおかまいなしで走ってくるし、そもそも半分くらいの車がまぶしいので、明日から大光量のフォグランプを上向きで走ることにしよう、、、と、ワシがやってはいけない。それともあれだ、もしかしてワシ、老化で白内障になりはじめているのか? 水晶体が濁ってくると目の中で光が乱反射してまぶしくなると聞いたことがある。眼科いったほうがいいかもしれん。
posted by ぢょんた at 05:29| Comment(6) | TrackBack(0) | 家庭科(くらし)

2011年12月23日

ジブリ都市伝説【ラピュタ】

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前回の『星を追う子ども』ではキャラクターの個性も弱くて感情移入しづらくちょっと残念でした。ところで、数ある『ジブリ都市伝説』のなかに「ラピュタ 幻のエンディング」というのがあるのをご存知でしょうか。これは、通常エンディングの後、パズーがシータをゴンドアまで送っていくエピローグのようなものが入っているというのです(ラピュタを観たことのある人の中の相当な割合でその記憶がある)。

実際はそんなシーンはないのですが(ジプリも否定している)、物語に引き込まれて観ていた場合、それを観終わった人はけっこう真剣に「これから二人はどうするんだろう」とか考えます。実際劇中のパズーのセリフに「見たいんだ、シータの生まれた故郷を」とかありますし、政府の要人がシータをさらいにいくシーンでシータの家も出てくるわけで、そういった情報から人はいつのまにかイメージを作り出してしまうのだと思います。

これは、ストーリーや世界観がしっかりしていて各キャラクターに存在感があるので、いつのまにか自分が物語に入り込んでしまい「その世界は存在し、その人たちは生きている」と錯覚しているからこそ起こる現象だと思います。実写ならそうなりやすいでしょうが、アニメは絵なので物語に引き込むのは簡単なことではありません。

宮崎作品には、ものを食べるシーンが多用してあったり、キャラクターの何気ない仕草が効果的に使われています。またキャラクターの性格もしっかり設定されていて、いかにもこの場でその人がしゃべりそうなセリフがあててあります。これを「リアリズムを出すために計算してやっている」と聞いたことがありますが、ワシにはそうは思えません。おそらく作者がその物語に一番入り込んでいるからこそできる表現だと思うのです。そう、作者はそこで見たものを詳細に描いているだけで、キャラクターは作者の世界の中で生きているのです。

「自分が想像した世界の中に自分がいる」というのは妙な表現ですが、名作を生み出す作家はそんな風にして物語を書いているのではないかと思うのです。しかし残念ながら最近のアニメなどは「受けそうな話しを用意して」→「キャラを決めて」→「意外性を狙いながら組み立てる」というふうに、世界観やキャラクターに現実味がなく、それなりに味は違うけれど、まるで工場で量産されたポテチのように薄っぺらで既製品っぽくなっているような気がします。

「幻のエンディング」が、おそらくないと思う根拠として、「観た」という人の言っている証言がけっこうバラバラなのです。

・ゴンドアで握手をして別れる
・ゴンドアで手を振って別れる(パズーは凧?)
・ゴンドアにパズーが会いに行く
・ゴンドアで村人たちが大歓迎(セリフはない)
・草原で牛と戯れるシーンがある
・シータが牛を放牧中に、パズーが会いに来る
・シータの家の暖炉に、飛行石を再び隠すようなシーンがある
・「ここがシータの育った所なんだね」と暖炉の前で話してた
・動画ではなく、静止画である

当のワシも2番目に近いものを見た記憶があります。手前パズーが振り向いて手を振っている。奥にシータと家があり笑って手を振っている。いかにもいま送り届けてパズーが帰るところのシーン(BGMありセリフなし)。というものですが、こうやって証言を並べてみても絵的に様々で、記憶が人それぞれ作り出されているかがわかります。

ありもしないシーンまで想像させるのは、その作品の完成度がいかに高いかということを物語っているのではないでしょうか。しかもそこまで計算して当時作ったのであれば、やはり宮崎駿は天才といえるでしょう。ただ、最近の作品は作者の「入り込み度合い」が弱いのか、あるいは「歳とって頭が固くなったのか」、感情移入してしまうほどのものに巡り会っていません。ひょっとしたらワシのほうがボケているだけだったりして。。。

というのは、16日に地上波で「借りぐらしのアリエッティ」が放送され、16.5%という高視聴率を記録したそうです。しかもその一週間前、9日に放送(13回目)された「天空の城ラピュタ」の視聴率は15.9%だったようです。10%を超えれば上出来といわれる現在、13回目の再放送にして15.9%は、相変わらずの人気の高さを物語っているのではないかと思います。

画像は宮崎駿が描いた後日談のイラストです。幻のエンディングを見たことがあるという人の何割かはこれからきているのかもしれません。
posted by ぢょんた at 07:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽・映画(視聴覚室)

2011年12月21日

星を追う子ども

視聴覚室 2011年日本/★★★★★★6点

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山間の町で暮らす女子中学生のアスナは、山の高台で父親の形見の鉱石ラジオを聞くのが好きだった。ある日、学校の帰り道に鉄橋の上でいままで見たこともない怪物に襲われてしまうのだが、その時どこからともなく現れた少年シュンにアスナは助けられる。シュンはどこからきたのか。数日後、アスナは新任教師の森崎から地下の異世界にある『アガルタ』の話しを聞かされる。そのアガルタには死者を蘇らせることができる場所があるという・・・

相変わらず素晴らしい『背景画』です。そしてこれから始まるであろう冒険の予感に期待しながら観ていると・・・・ん?これは、ラピュタ? もののけ姫? ナウシカ? トトロ? とにかくジブリっぽさが目立って物語に入りづらいです。舞台も日本の田舎や西洋の戦場、地下の異世界といろいろ詰め込み過ぎで世界観が散漫です。人のつながりや想い、滅びゆく世界、そして「生と死」など、テーマは壮大で魅力的なのですが、どうもオリジナリティに欠けていたように感じます。

今回は新海誠の魅力が半分も出てないように感じました。人が何かを創作する場合、その人が過去に触れたものの記憶の中からイメージのカケラを探してきて組み立てます。まったくの無から新しいものを作るということはなかなか出来ることではないので、どうしても過去の情報に似てきてしまうのは残念ながらやむ終えないことなのかもしれません。

昔の光るものを誰かが色を変えて光らせ、また別の人がそれを見て自分なりに光らせる。そういった積み重ねで光を増していきながら、現在の作品とかは出来上がっているような気がします。そういった意味では、よほどの感性がないとなかなか人を感動させる作品を作ることが難しい時代になっているといえるのかもしれません。

これからはいいものを見つける「感性」はもとより、そういったものを「真似」と感じさせずに表現する巧妙さが重要になってくるのかもしれません。まあ、今の人はいまのものを新鮮な気持ちで見ているわけですから、それはそれでいいのでしょうが。。。とはいえ、なかなかの大作に仕上がっていて素直に楽しめました。
posted by ぢょんた at 02:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽・映画(視聴覚室)

2011年12月19日

いつから準なのか いつから旧なのか

放課後

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はまっている『クリミナル・マインド シーズン4』を、TSUTAYAの「準新作80円」のうちになんとかすべて借りることができた。vol.12、13がなかなか返ってこなかったが、通るたびに立ち寄って、昨日最後の12を奪取してきた。これで一安心、しばらくはレンタル不要だ。

しかしあれだ、DVDレンタルというのは基本1週間だが、観て(落として)しまえばなるべく早く返却してしまいたいのはワシだけだろうか。返さなくてはならないものがそこにあるだけでなんとなく落ち着かない。我が家には猫とかたくさんいるし、なにかをこぼしたり破損させたりしないかと不安なのだ。

その気持ちと矛盾するが、借りてすぐに観てしまったものを、まだ6日も借りていられるのにすぐ返してしまうのもなんとなくしゃくだ。店は歩いて5分の場所にあるし、しょっちゅうそばを通るわけで、実際いつでも好きなときに返せるのだ。そう、ほんと、どうでもいいことだけど、わりとジレンマだったりする。

だから新作は別として、ワシにとってレンタル期間は一週間もいらない。そう2泊3日で十分なのだ。その分早く返却するのだから、半額とはいわないがセールじゃなくてももう少し安くなるとありがたい。具体的には、いま近所のTSUTAYAは旧作100円で準新作190円だが、そうだな、2泊3日で旧70円/準140円くらいになると大変うれしい。

そんなわけでワシは、たまに新作を借りるときはよく「当日」というので借りる(あれば)。当日といっても深夜の3時だったか4時を過ぎると、その日の10時ではなく、翌日の10時だから、およそ30時間くらい借りることができるし、そもそも随分お値打ちなのだ。
posted by ぢょんた at 03:10| Comment(1) | TrackBack(0) | 放課後